僧屋敷の滝

播磨平野の真ん中を流れる夢前川。
その上流部にいくつかの滝があって、そのひとつが僧屋敷の滝

僧屋敷とは妙な名前で、何の屋敷もない(堰堤工事のプレハブならあるけど)、ただの山奥。
しかし伝承では、この地にかつて僧の修行する屋敷があって、それに由来するとのこと。
「僧屋敷」という言葉は日本語としてはちょっとヘンテコで、僧院とか僧堂とか、あるいはたんに寺と言えばいいのに、わざわざ僧屋敷と呼んでいる謎が気がかり。

柳田国男はこう書いています。

何々屋敷という小字の中には注意すべきものが多いかと思う。ことに今は田畑や山林になっていて、なおその地名を存するものなどは、何か普通にあらざる者が居住したために、その地を別異にする風があった結果かと認められる。

―柳田国男「地名の研究」金子屋敷の項

まさに「山林になっていて、なおその地名を存するもの」、僧屋敷の滝。
それにしても、「何か普通にあらざる者」とは。

柳田の文章は「金子屋敷」に言及したもので、山に入ってを採掘する集団が山中におったてた「屋敷」が非常に広く分布していた可能性を示唆します。
夢前川上流の「僧屋敷」も、まったくその類と考えてよさそうです。
山師たちのことを「僧」と呼んでいるのは面白くて、男ばかりの集団であったこともあろうし、仏教と山師の重なりも見て取れます。
先日読んだ宮崎駿さんの本に載ってた対談で、富山のお寺の住職である高坂制立師が、自分の先祖は一向宗の徒で同時に「山師」であった(それが「もののけ姫」のたたら場やジコ坊とちょっとつながるわけですが)、という話をされていました。

僧屋敷の滝のあたりにも炭焼きの跡はところどころにあって(鉄を取り出すには炭の高温が必要なので、炭と鉄は一組な)、「山師」の気配を感じますが、もっと面白いのは、こんな山の中に町工場(山工場?)というか鉄工所のようなものがあること。
キャンプやバーベキューのできるログハウスつきのレクリエーション施設と、渓流を挟んで鉄工所、という奇妙な風景になっています。
誘致した工場ではなくて、どうも地元の人が経営者のように見え、ひょっとすると鉄加工の伝統がここまでつながっているのかもしれません(が、好奇心の赴くまま訊いてみるわけにもいかず)。

山師集団は独立性が強く、またどんどん移動していくので、山の奥に「屋敷」が建つと、定住民からはじつに不可解な異人のしわざと映る。
戦国時代あたりには鉄の需要がそうとうあったはずで、戦争の需要となると隠密と砦を兼ねたアジト=「屋敷」も必要なわけです。彼らは定住者とは異なる論理で動く、まったき異人たち。(実際には釜や鎌などの鉄器をはじめ、里のものと山のものは密に交流するわけですが、それでもなお神話的思考はたぶんに消え残る。)
鬼の大将・酒呑童子も山中の「屋敷」に棲んでいますが、かつての日本語では「屋敷」という語の用法に、そうした妖気がともなっていたこと、だから「僧屋敷」という妙な語の結合をわざわざおこなった…ということになりましょうか。

現在のわれわれにはそういう感覚はすっかり消え果てているのですが(いやそうでもないかも)、建物、とくに不意に出現した建物には、人の仕業でないと感じる風があった。
番町皿屋敷は、じつは「更地に突如出現した屋敷」のことであって、江戸の町に成金の流れ者がふいに建てた御殿で、怪異が起きる、という解釈があります。
面白いと思うのは、人のことを呼ぶのに、「お殿様」「お寺さん」「お坊さん」「〜院」といった具合に、建物のことを名指す風習。
この語法は驚くべきことに、現代の「オタク=お宅」にまで、しかと生き残っています。
もともとは、屋敷に棲むものは俗世とは異なる霊威を持つゆえ、一種の敬語(うやまう、とともに敬して遠ざける)として機能するわけですが、お互いを実名で呼ばない「オタク」の風習が異様に聞こえて、それが彼らをカテゴリーとして差別化する名称としたのは、無明の人々に潜むすごい耳の聡さ。

というわけで、「僧屋敷」という語感だけから、妄想を膨らませてみました。
神社のお社を見れば明白ですが、家屋敷はもともと人が住まうためではなく、神さまの依り憑くサカイとして設置されたもの。
屋敷の「しき」はS+K名称で、神霊の依り憑くサカイを意味しています。
座敷童子から、呪怨の伽椰子まで。それは、人が棲むために建てられた屋敷にあってさえなお再現してしまうほど根深い、「なにか普通にあらざるもの」への妄想。

うちに来ている大工さんは、夢前川上流のこのあたりが地元で、林業がもともとの仕事ですが、子供の頃、友人たちと山で迷って、僧屋敷で一泊したことがあるそうです。
僧たちはみな美しいような青年で、よくもてなしてくれましたが、全員同じ顔をしていたと言います。
大工さんの友だちのひとり、八人兄弟の末っ子が僧たちとよく似た顔で、彼だけが山を降りず、僧屋敷に残りました。
村に戻ってみると、その家の子はいつの間にか七人兄弟だったことになっていて、実際、大工さんたちもその子の名前がもう思い出せなくなっていたそうです。
神隠しというのはそのように起きるものであって、あったことさえなかったことになってしまう。
しかし、意識にのぼることのなき、心の秘密めいた場所では、その記憶はそっと保存されており、この地域ではお盆には山から流れ出る川にお供えをします。