屋根の下の神さま─「呪怨」と「天守物語」


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ひとつ屋根の下

屋根コラージュ1

われわれは、家というと、
人間が住む場所だと思っていますが、
しかし、それはそうではないかも…という話。

霊柩車にはなぜ屋根があるのかな
と思ったのが、そもそもの始まり。
考えてみると、「なぜ屋根があるのかな」シリーズ
という一連の素朴な疑問集があって、
大相撲は体育館みたいな屋内で行われるのに、
なぜか屋根がある。
能の舞台も、室内なのに、屋根の下に屋根。

屋根の下にあるのは、仮面をつけた舞い、
綱をつけた相撲取り、
そして三角の布を額にまいた死者。
それらはたぶん神とみなされるもの

つまり屋根は雨をよけたり、
日陰を作ったりするためにあるのではない。
屋根は人間のためにあるのではないらしい。
神様が宿るため、屋根がもうけられる。

そもそも「やどる」という言葉の意味がそう。
「屋根の下にとりつく」ことがヤドルなんだろう。
賀茂神社の童子神は、屋根を突き破って天に帰る。
(つまり屋根の下に封印されていた。)
天児屋根命(あめのこやねのみこと)」という名前の神様もいる。
この神は宿神である。(「幻雲文集」)
キリストも聖徳太子も厩戸にてお生まれになる。
見えざる神をこの世に顕在化する装置としての、屋根の下。

姫路城に棲むもの

ロールシャッハな姫路城

そんな得体のしれぬもの思いにふけりながら街を歩くうち、
ふと見上げると、姫路城がある。

城は、人の住む家ではなくて、砦。
マイホームではなく、戦車や戦艦に近い。
姫路城の中に入ったことのある人は、
なんてがらんとしてるんだろうと思ったはず。
そして、階段…というより梯子でよじ登る、あの不便な空間。
快適に居住する、なんてことは、まるで考慮されてない。

結局、砦として合戦に使われたことはついぞなかったのだけれど、 *1
あのがらんとした空間は、人が使わないまま、
しかし「なにものか」によっては、使われていたらしい。
つまり、五層の天守閣が完成した早い時期から、
そこには「もの」が住みつくと噂されていた。

天守が完成したころから、城主・池田輝政のまわりでは、
怪異が相次いだ。
やがて輝政公と夫人のもとへ、手紙が届く。
「播磨のあるじの太天神とうせん坊」
「みやこ主せんまつ」
からの書状。
輝政は城内に八王塔を建て、護摩の法を修めた、と。
(この件については、「狐の日本史」という本が詳しいです。
不思議な話だけど、「史実」らしい。)

姫路城を一番上まで登ると、神社が祀ってある。
不思議だけれど、城の主は城主ではなく、神。
おさかべ姫を祀るという、刑部神社
「刑部」という字面が怖い(そして読めない)。
人が住むには不便な天守閣も、
もののけが居住するぶんには、そうでもなかったらしい。

泉鏡花は戯曲「天守物語」で、
この空間を妖怪の跋扈する舞台とした。*2

神さまの交通する方向

「天守物語」で、鏡花は舞台に垂直性を持ち込んだ。

ふつう劇の舞台は水平であって、
左右の上手下手を、役者たちは行き来する。
奥行きのある空間を演出しようと、
背景には遠近法が用いられもするだろう。
しかし、三次元空間なのだから、前後左右のほかに、
上下という方向が可能だ。

ギリシャ劇では最後に、
吊るされた神様のからくりが天から降りてきた。
神は垂直方向から出現する。
舞台の下からせり上がるのは、「女優」の好きな装置とされ、
女神の誕生のように、舞台に登場する。
推理ドラマの殺人事件では、
いつも自己顕示欲の強い女優がここで殺される。
まるで、屠られる生贄のように

垂直
これが、神の交通する方向であって、
家を人の住み処でなく、神のやどる空間とする仕組み。
水平がどこまでも均質で、
人の足で歩いて行ける「この世」であるのに対して、
垂直の彼方はけっして到達できない天の高み、
地の底であるから。
そこへの道は翼による飛翔、
あるいは死を賭した下落によるほかたどる道なき、隔世。

井戸、すなわち垂直下方については、何度も書いてきた。
井戸は神の宿る場所であり、それ以外の何ものでもない。
姫路城のお菊さんは、井戸の女神の零落した姿であり、
さらに落ちて貞子さんとなっても、なお現代人の不安に這い上がってくる。

垂直上方の神もまた然り。
現代人の「この世」べったりの水平空間に、
魔のもの、聖なるものが、上から落ちてくる。

呪怨の伽椰子さん

yoonnnaそれは例えば十周年を迎えた「呪怨」の伽椰子
彼女は屋根裏に住んで、階段を這い降りてくる
家を自分のものだと思い込んで住みつく人間を排除すべく。
家は人間どもの思うような水平居住空間ではない。
垂直交通空間であり、神のすまいであるからだ。
家を自分のものとかんちがいして、
どすどすと廊下を水平方向に駆け回る人間に対し、
上から襲いかかって、祟りをなす。

白塗りの俊雄くんは、家守りの童子。
座敷童を彷彿させる。 *3
座敷童を見ると金持ちになるというけれど、
童子は人を幸福にするのではない。
家を(自分の家を)栄えさせたいだけ。
その結果、たまたまヒトに幸をもたらすこともある。
人が家に粗相をはたらくようであれば排斥し、
家の繁栄に役立つなら悪さはしない、という原理。
しかし、この理屈は机上の空論であって、
神が本当は何を考えているか、
恐れ多くも人にはわからない。

「城と井戸」
「お菊と刑部」
「貞子と伽椰子」

姫路城のふたつの伝説、お菊井戸と刑部姫。
下方からと上方から出現する姫神。
平成の二大妖怪、貞子と伽椰子が、なぜか
この系譜につながっているということの不思議。

お菊井戸と姫路城
¶ Footnotes:
  1. ほんとは、一度だけ、維新のときに使われた。大砲一発であっけなく開城。ぜんぜん難攻不落じゃなかった…じつは、攻めてきた岡山藩とこっそり話し合いで開城したのが、真実らしい。 []
  2. そういえば、姫路城でこの劇は演じられたことがないのだろうか。
    最高の奉納…ではあるが、何か怖いような予感もする。
    客をいっさい入れず、神様だけを観客に、上演すべきかもしれない。 []
  3. ドラえもんが引き出しや押入れに住まうのと類似するのは、偶然ではない。 []
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