虹の立つ場所(其の市)

飾磨の市

枕草子に「市づくし」の段。
清少納言の時代、有名だった市の立つ場所を、リストアップした一節。

市は、
辰の市。
里の市、海柘榴市。
大和にあまたある中に、泊瀬に詣づる人のかならずそこに泊るは、「観音の縁のあるにや」と、心ことなり。
をふさの市。飾磨の市。飛鳥の市。

ここに出てくる「飾磨(しかま)の市」は、うちの近所がそうらしいんです。
市之郷、というそのものズバリの地名が残る。
古代から近世にかけて、長いあいだ、播磨…のみならず日本を代表する市だった。

近代以降は少しさびれたようで、私が子供の頃は材木置き場が並ぶような場所になってたんです。
でも、数年前にマックスバリュというスーパーができて、このところたいへん繁盛しています。
姫路にたくさん店舗のあるマックスですが、この宮西店はおそらく屈指の売上のはず。
もうすぐ姫路警察署もこの地に移転してくるらしく、大型店舗が集結しつつあり、かつての賑わいを取り戻す勢い。
地の利というものは、やはり存在するのかもしれない
…あるいは、市の神は蘇る、と。


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姫路の代表的な河川といえば、市川。
市川の「市」は、もちろん飾磨の市のことのはず。
飾磨はかつては、今よりもっと北部の、広域をさす地名だったようです。
そして、市川は今の流れとは別に、西側に古い河川があった。
ちょうど今のマックスバリュあたりを通っていたらしいのです。

市之郷の薬師堂

小さな薬師堂の大きな塔石

さて、ここに薬師堂あり。
気づく人は少ないかもしれません。
マックスの東、姫路すこやかセンターというスポーツ施設の前の、小さな祠。

立ち寄ってみると、姫路市の設置した説明書きがあります。

この付近は、白鳳時代(七世紀後半)に創建された寺院(市之郷廃寺)があったところである。
この石は当時の心礎で、現在姫路市内に残る礎石としては、最も古いと言われている。

もとあった場所(南南東約三十m)が山陽本線の拡張工事の際に鉄道用地に編入されたので昭和三十三年十月に保存のため薬師堂とともに現在地に移された。

平成十年七月 姫路市教育委員会

市之郷の遺跡。
発掘では、廃寺だけでなく、縄文晩期から弥生時代の遺物にはじまり、各時代の多数の発掘品が出土。
全三冊に及ぶ分厚い調査報告書が作成されています(城内図書館で読めます)。
神戸新聞|文化|市之郷廃寺仏堂跡と確認 県内最古級 姫路

旧市川の岸にあたるこの場所。
東にずうっと行くと国分寺跡に行き当たる。
じつは、国分寺牛堂は巨大な伽藍であり、市川畔のこの地が、その西の門だったらしい。

下市ノ郷村薬師は、牛堂(=国分寺)七堂伽藍の時、西の門なり。
今此所築地の内という。
少西南近処に塔の峯という所あり。
爰に塔の堂ありし也。
今に此所の石場の石、布目の瓦、土中に埋りあり。

播陽万宝智恵袋』巻22「増補播陽里翁説」

古書の記述は、まさに発掘のとおり。
ここには大きなもあったようなのです。五重塔だったかもしれない。
そして、その、「姫路で最も古い」塔の礎石は、これ。

市之郷廃寺の塔礎石

てっぺんに丸い穴。
ここに柱を立てたんだろうか。

うちの庭にも同じような石が?

じつは、これと同じものをどこかで見たような気がしました。
「気がしました」というか、よく見知ったもの。
うちの庭にこれとそっくりの石があるんです。

庭の手水

これですわ。
私の部屋は庭のそばにあるので、今これを書いているパソコンから三メートルのところにあります(笑)

この石、少なくとも、祖父の代から、うちの庭にある。
かつては手水として使われていたもの。
今は下半分は埋めてあり、庭の飾りとして死蔵されています。

どこから持ってきた石なのか、もう誰も覚えていません。
どうなんでしょう…調査してもらうべきなんでしょうか(笑)

龍の首のような文様が、左下に出ていますねえ。。
石の真ん中にも、竜脈のような白い筋が走っています。
そういえば、子供の頃、この石のそばで不思議な体験をしたことがあるよなあ。。
祖父はこの石を「はまぐり」と呼んでいたのを、子供のころ聞いた…

(「其の弐」へ続く)